カテゴリー: 生命保険塾長経験談

生命保険【多くの人が知らない大切なこと①】

 登場人物紹介生命保険【生命保険の仕組】をご参照ください

生命保険に入る時に一番大切なこと

【独身編Ⅰ】

:何回かに分けて生命保険に入る際に必要な知識について説明してきましたが実はまだ伝えていない一番大切なことがあります。生命保険の本質とも言えるべきことで生命保険会社に勤務している人でさえ知らなかったり知ってても普段は意識していないことです。今回はそのことについて話そうと思います。僕は30歳の時に生命保険会社に転職しました。大学を卒業し何がやりたいのか自分にどんな仕事が向いているのか分からないまま一般企業にサラリーマンとして就職しました。そんな中、人生を劇的に変える一本の電話がきっかけで生命保険会社に転職し営業をすることになりました。そのことについてはまた詳しく書こうと思います。さて、今回の生命保険に入る時に多くの人が知らない一番大切なことですが、保険金の支払い事例についてです。殆どの人が生命保険金が実際に支払われた経験や支払われた人の話を聞いたことがないのではないでしょうか。一般的に車や家などの商品とはここが一番違うところです。通常ですと何か物を購入した場合、長くても数年(家や希少価値の高い商品)すれば実際にその商品を手にすることができます。購入した人の話や実際の物を目にすることができます。一方生命保険というのは契約をしてお金を払い続けても、いつ手にすることができるのか、それとも手にすることができないのか分からない商品です。というか、手にしたくない商品をお金を払って購入するという不思議な商品です。こんな商品他にはないのではないでしょうか。そのため手にした人の話を耳にすることは稀だと思います。ただ欧米では生命保険の事を「LAST LOVE LETTER」と呼ばれるくらい生命保険の価値に直結することなので、僕が生命保険の営業をして実際に保険金をお届けした話を数回に分けて話していこうと思います。

前職時代の一番の親友K君

 

K君は僕の前職時代の一番の親友でした。前職は社宅や寮がある会社で学生結婚した僕は社宅に住んでいてK君は同じ敷地内の寮に住んでいました。よく遊びにきてくれていて会社の人間関係の悩みやこれからの人生の事、他愛もない話を夜ご飯を一緒に食べながら語り合っていました。名古屋出身だったので彼が実家に帰省した際は味噌煮込みうどんを買ってきてくれて一緒に食べたりしていました。僕が生命保険会社へ転職するときも応援してくれた一番の親友でした。名古屋大学出身で学生時代合唱部の指揮者をやるほど優秀で心優しい男だったのを今でも鮮明に覚えています。

 

生命保険の会社に営業として転職して一番最初にするのは近しい人へのアプローチです。「友人関係に商売を持ち込むなよ」とけげんな顔をする人、電話をしても最初は出てくれても生命保険会社に転職したことを伝えると次からは電話にさえ出てくれない人、そんな人が多い中、K君は快く会ってくれました。独身で一人っ子だったのに会った瞬間に「何でもいいから契約するよ」と言ってくれました。「独身だから掛け捨ての死亡保障は必要ないよね?」と話しをしたところ、「自分に万一があっても経済的に困る人はいないけど、葬式代くらいは何とかしなきゃいけないからな」とのことで養老保険を契約してくれました。葬式代の足しになればいいとの事で保険金額300万円。生命保険の営業を始めて、自分から周りから人達が去っていくのを感じていたのでとてもありがたかったのを覚えています。「何もないと思うけど、何かあったら保険金はちゃんと親父さんに届けるからね!」と冗談を交えて契約を預かりました。

 

4年の月日が流れ

携帯に前職の別の友人から連絡がありました。「Kの事知ってる?脳梗塞で倒れて病院に入院しているらしいよ」一瞬耳を疑いました。「34歳で脳梗塞ってあるの?」と。意識不明で数日経過しているとのことでした。そのころ行先もなく生命保険の営業の仕事を続けられるかどうか不安で「このままの状態が続いたら辞めなきゃいけないな」と思っていたころだったのでK君から「そんな弱音を吐かないでがんばれよ」と言ってもらっているみたいでした。「何とか意識を戻してくれ」と心の底から願っていました。「僕も頑張るから、お前も頑張れ。こんなところでくたばるな!」強く心で願っていました。そのかいあってか、10日位経過したころに意識が戻りました。「あいつ、意識回復したらしいよ」それも友人から電話で教えてもらいました。「よかった。よく頑張ったな。退院する前に見舞いでも行こうかな」そう思っていました。

が、その約1週間後、突然容体が悪くなって帰らぬ人となりました。お葬式はK君の実家のある名古屋で開催されました。何とか時間を作って告別式に参列しました。まだ彼が亡くなった実感がなく参列したものの、棺桶に横たわるK君の顔を見たときに「本当に他界したんだ」と実感しました。この時初めてK君のお父さんとお母さんを見ました。その顔をみたら自然に涙があふれていました。「俺はダメだったけどお前は頑張れ!」K君にそう言われているみたいでした。勿論その場で生命保険の話をご両親とすることもできず、受付に「落ち着かれたらご連絡ください」とメモを残し東京に戻りました。

 

生命保険金支払いの手続き

翌日K君のお父さんから連絡がありました。「昨日、告別式に来てくれたんだね。Kからあなたの事はよく聞いていました」と。保険金支払いの手続きのために名古屋にいく日程調整をし電話を切りました。そして名古屋のK君の実家へ行きました。

K君のご両親が温かく迎えてくれました。「いつもKに晩御飯をご馳走してくれたみたいで本当にありがとう。あなたの事は帰省するたびによく聞いてました」とお父さんが話をしてくれました。僕もK君との思い出話をしました。お父さんから「実は結婚する前に『家族3人での最後の旅行だね』とタイへ連れていってくれたんですよ」と想い出のタイ旅行の写真を見せて頂きました。実はK君に婚約者がいたのです。お父さんから話を聞くまで全く知りませんでした。「ずっと『早く結婚しろ』と言ってたんですけどね・・・。」詳しく話をしてくれました。K君は大学時代、合唱部で老人ホームに慰問にいったことがあるらしく「実の子供がいながらあんなところに親を入れるなんて俺は許さない。俺は親父とお袋の面倒を見てくれる人と結婚するからね」と言っていたそうです。お父さんは「俺たちの事はいいからお前がいいと思う人と早く結婚しろ」と言ってたらしく、ある時K君が「この人と結婚したい」と小学校の先生をやっている女性を家に連れてきたとの事でした。「その女性と婚約をし結婚式場を予約する前日に脳梗塞で倒れた」と話してくれました。お葬式には婚約者は招待しなかったそうです。「『あの人がKの婚約者だったんだね』といろいろな人の目にさらされるのが嫌だった。彼女にはKの事を忘れて新しい人と次の人生を歩んでいって欲しいから敢えてよばなかった」と言っていました。K君のお父さんの優しさだと感じました。

「K君から『両親より先に死ぬことはないけど葬式代くらいは準備しなきゃな』とこの保険を預かっています」と契約頂いた養老保険300万円について説明しました。それまで横で黙って聞いていたK君のお母さんが「本当に手のかからない優しい子でした」と泣き崩れました。「あいつは両親想いの俺の自慢の息子だった。でも俺たちより先に死ぬなんてこんな親不孝者はいない」とお父さんも泣き崩れていました。その姿を見て僕も涙を抑えることはできませんでした。

 

生命保険金をお届けして

一人になった帰りの新幹線の中でK君とのことをいろいろと考えました。本当にこれで良かったのか。K君が婚約したことも両親に対しどのような想いを持っていたのかも知りませんでした。一番の親友だったのに。彼の想いを考慮することなく彼に会うたびに「早く結婚しなよ」と言っていた自分が情けなくなりました。

「経済的に困る人いないから高い保障は必要ないよね」と話をし養老保険を契約してもらった。本当にこれで良かったのだろうか。あれほどまでに両親に対する想いがあったのであれば、彼が生きている間にその想いを引き出すことができたのではなかったのか。そうすればもっと違った形の生命保険契約になって、彼の両親に対する感謝の気持ちと共に保険金をお届けすることができたのではないか。そう思いました。いずれK君の両親も歳をとり介護が必要となってくると思います。本来であればK君と奥さんが看てあげれたのだとは思いますがそれは今となっては叶いません。でも、その想いの詰まった生命保険の契約を預かることができたのであれば、介護士さんにお願いすることができます。K君の両親もK君の温かい想いに包まれながら経済的な心配をすることなく介護を受けることができます。独身だからとか、経済的に支えている人いないからとかいう理由で本来の生命保険が持つ価値を提供できなかった。本当に情けなくなりました。「LAST LOVE LETTER」K君にその意味を教えてもらいました。

 

ありがとうK君。

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