カテゴリー: 生命保険塾長経験談

生命保険【多くの人が知らない大切なこと④】

 登場人物紹介や 生命保険【多くの人が知らない大切なこと①】をご参照ください

:今回は「LAST LOVE LETTER」シリーズの4話目です。

 

 

生命保険に入る時に一番大切なこと

【独身編Ⅱ】

 

 

生命保険勉強会にご参加頂いたIさま

 

Iさまは僕が開催した生命保険勉強会にご参加いただいた方でした。生命保険の仕組医療保険の仕組について各地で勉強会を開催した時期があり、そのときにお友達の奥さまと一緒にご参加いただいた方でした。一通り講義が終わりその後の個別相談会でIさまの体況上のご相談になりました。いろいろとお話を伺っていると膠原病(こうげんびょう)を患っているとのことでした。そのため涙や唾液が出なくて辛い思いをされていらっしょる様子でした。医療保険は勿論、生命保険にも入れないのでどこか入れる保険会社知りませんか?とご質問頂きました。「一度会社に帰って調べてみます」とお返事し自社の契約課や医務課に問い合わせました。結果、他社と同様に「引受けできません」との回答でした。その他いくつか生命保険会社に問い合わせたところ同じような回答しか頂けませんでした。申し訳ない気持ちで再度Iさまのご自宅を訪ね結果をご報告しました。「いろいろと調べて頂いてありがとうございます。数年前に私が契約した息子の保険ですが、見て頂けますか?」と息子さんの生命保険の相談になりました。息子さんは当時27歳で独身、一緒に同居しているとのことでした。死亡保障5000万円保険期間10年間の定期保険でした。「息子さんに5000万円の定期保険は必要なのですか?」とお聞きしたところ「そうね。息子が亡くなってお金もらってもしょうがないわね。もっと貯蓄性の高い商品に切り換えようかしら」とのご意向でした。調度その頃、予定利率の見直しで利率の高い商品が売り止めになるタイミングでした。「Iさま、一時払いの商品で利率の見直しで売り止めになる予定のものがあります」とその商品の説明をし、後日、Iさま同席のもと息子さんとお会いし、死亡保険金500万円の一時払い商品のご契約になりました。

 

ご契約から3年位年経った頃

 

外出先から支社に戻る時、携帯電話が鳴りました。Iさまからでした。「ご無沙汰しております。お元気ですか?」何かあったのかなと思いつつ電話に出ました。「実はね、息子亡くなっちゃったの」一瞬耳を疑いました。「えっ?」その後の言葉が出てきませんでした。いろいろな想いが頭を巡らせました。話を伺うと3ヶ月前にバイクの事故で他界されたとのこと。「少し落ち着いたので電話をしました」との事でした。「分かりました。直ぐに種類をそろえてお邪魔させていただきます」と答えるのが精一杯でした。

 

 

生命保険金支払いの手続き

 

 

保険金支払いの手続きにご自宅を訪ねました。駐車場に黄色い三菱自動車ランサーエボリューションが停まっているのが目に入りました。玄関でご挨拶をし、リビングに通されました。神道でのお葬式をされた旨を伺っていたので玉串料を遺影に納めさせていただきました。手を合わせテーブルに戻ると旦那さんが段ボール箱を脇に抱え部屋からでてきました。「いやぁ。片づけられないわ」息子さんの部屋を片付けようとしたものの、想い出で詰まったものがありすぎて捨てることができないとのことでした。そんな中Iさまがポツリポツリと事故当日の様子を話してくれました。ツーリング仲間とでかける約束をし休日の朝に家を出たそうです。しばらくしてご友人からご自宅に「まだ待ち合わせ場所に来ていないのですが、もう家をでられましたか?」と電話があったとのこと。「さっき家を出たからもう少し待っていただけますか?」と電話を切ったすぐそのあとに、今度は警察から電話がかかってきたとのことでした。Iさまの息子さんが直進していた時に右折してきた40代の介護の仕事をしている女性が運転している車両と接触し電柱にぶつかったそうです。打ち所が悪く即死状態だったとのことでした。「まだね、事故検分に必要だからって息子の着ていた衣服が警察から戻ってきていないのよ」そう悲しそうに話をしていました。Iさまの旦那さんは元々は自営業で建築関係のお仕事をしていたものの不況で息子さんが他界する1ヶ月前に廃業したそうでいろいろな不幸が重なったとおっしゃっていました。

いろいろな話をお聞きしながら「いつお叱りを受けるだろう」とビクビクしていました。僕に会ったことで死亡保険金5000万円の保障を10分の1の500万円に下げてしまったからです。更に利率を上げるために一時払いをして頂いてました。「あなたに会って生命保険を変えたことで大変なめに合っちゃったじゃない」そう言われる覚悟をしていました。それともう一つ死因が交通事故でしたので「事故状況報告書」という書類を書いていただかなくてはいけませんでした。息子さんがお亡くなりになられた事故現場の略図等を書類に書いて頂かないと保険金のお支払いができないのです。一分でも一秒でも忘れたいくらい辛い思いをしているのに傷口に塩を塗るようなことをしていただかなくてはいけないのです。

他にもいろいろな息子さんとの思い出話をしてくれました。「『ドライブに連れていってあげるね』って言ってたのに結局一度も連れていってもらえなかったわ」寂しそうなお顔をされていらっしゃいました。駐車場で見かけた黄色い車が頭に浮かびました。1時間くらい経過し「今日は一旦帰ろう。とても事故状況報告書を書いてくださいとは言えない」そう思って帰ろうとした時でした。

「何か書類書かなきゃいけないんでしょ?」Iさまがそう切り出してくれました。「本当に申し訳ございません。この書類を書いて頂かないと保険金をお支払いすることができないのです。辛いことを思い出させるようで本当に心苦しいのですがご記入いただけますか?」と書類を渡しました。他にもいくつか書いて頂かなくてはいけない書類を書いて頂きました。全ての書類が書き終わったころ、ポツリとIさまが言ってくれました。「私、この保険にしてよかったわ。前の保険だと10年間に渡って毎年保険金が支払われる契約だった。その度にまた辛かったことを思い出してしまう。こんな辛い思いは一回でいい」

その言葉を後にIさまのご自宅を後にしました。Iさまはあのように言って下さったが本当にこれで良かったのだろうか。旦那さんが廃業して収入が無くなった今、500万円の保険金を受取るより5000万円の保険金(前に加入していた他社の生命保険は一時金2000万円で300万円を10年に渡って受け取れる保険でした)を受取った方がその後の生活は絶対にいい。独身だから必要ないとの判断で保険金を下げてしまって、僕に合わなかった方がIさまにとっては良かったのではないか。そう思いました。

この経験があった後、相手が例え独身だったとしても安易に死亡保険金を下げることはなくなりました。Iさまの息子さんは享年30歳でした。

 

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ソニー生命時代約3000世帯以上のご家庭のライフプランニングを実施。その後、営業所長、海外(フィリピン)赴任、本社教育部を経験。海外赴任時に現地の人達と触れ合う中で、お金がなくても常に幸せを感じ“今”を生きているフィリピン人と、ある程度お金があってもいつか幸せになりたいと“未来”に不安を感じ“今”を生きていない日本人の違いに衝撃を受ける。自分が自分らしく生きるために“今”何をすべきか。日本各地をキャンピングトレーラーで周りながら、お金の小学校移動教室分校の講師(NomadFP)として活躍中。

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