カテゴリー: 塾長経験談日本一周

【Nomad生活】キャンピングトレーラーで日本一周計画

塾長紹介登場人物紹介をご参考ください。上記は日本一周の為に購入したキャンピングトレーラーです。



なぜ日本一周を?

理由を聞かれると難しい。「日本一周したいから」

 

塾長の経歴

少し自分の経歴について書きます。大学を卒業し企業に就職するも入社前からサラリーマンは肌に合わないと思っていたこともあり、6年半で退職生き甲斐や自分の存在意義を求めフルコミッションの生命保険の営業の世界へチャレンジした。不安をエネルギーに変え「前へ」「前へ」と。生命保険の仕事とは、この世で一番大切な家族のことを考える仕事。自分自身の「」を考えることで「本当に大切なものは何でその為に『』どう生きるべきかを考えてもらう仕事。そして生命保険という商品を通じ世の中のいろいろな人の人生に深く携わっていく仕事。そんなところにとても魅力を感じで転職した。

 

営業時代

努力のかいもあって、約1000名(700世帯)の人がお客さんになってくれた。「もっと早くNomadFPさんに会いたかった」「これからいろいろな相談にのってください」等々、自分自身の存在意義を感じさせてくれるような心温まる言葉もたくさん頂いた。収入も上がっていき、やり甲斐や生き甲斐を感じとても心充たされた。生命保険の営業の人達が目指すMDRTへの登録も普通に活動していれば困難ではなくなっていった。会社がハワイで開催していた表彰式(コンベンション)への参加も日常の一部へとなっていった。最初は嬉しかった。家族で登壇し社長からメダルをかけて貰える。子供たちの前で父親が表彰される。そんな姿を見せられる自分が誇らしかった。でも1回、2回、3回…。回数を重ねるごとに特別な日が特別でなくなっていく。非日常が日常へと変わっていった。例えて言うなら、大型TVを購入した時に近いかも知れない。最初は感動し凄いと思ってもそれが生活へと溶け込んでいくと日常へと変化していく。ハワイの表彰式も同じだった。営業の10%位が表彰されていたため人数でいうと数百人。初めは自分の事しか見えていなかったが客観的に周りが見れるようになっていった。「こんな多くの人に握手してメダルをかける社長も大変だな」って思うようになった。気持ちの変化が現れたのだ。ハワイの透き通るような海も毎年見ていると普通になっていく。そんな頃ふっと我に返ったことがあった。「人生チャレンジしたい」と思って転職してきたのにチャレンジしていない自分に気づいたのだ。子供たちに表彰されている姿を見せるのもいいが、常にチャレンジし続けている姿を見せたい。何よりも自分自身が自分の生き方をかっこいいと思えるようになりたい。そう感じるようになっていった。「表彰されてメダルを集めるのもいい。でもこのメダルの数を増やすのに何の価値があるのだろう?自分がこの世を去った後、家族はこのメダルをどうするのだろう?燃えないゴミに出すしかないだろうなぁ」そう思うようになった。「ただ生命保険の営業を通じ世の中の人達から本当に多くの事を教えて頂いたことは事実だ。自分の魂に磨きをかけてくれ成長させてもらった。世の中は厳しいが決して冷たくはない。そう教えてくれた。この価値を共有できる人を残したい。自分がこの世を去ったとしても生き続ける健全な価値観を残していきたい」そう思った。

 

 

マネージャー時代

そして営業からマネージャーへと職種変更をした。人を採用し育成していった。「自分は苦労はしたものの何とか好成績を残すことができた。そんな自分が教えるのだから何とかなるだろう」そう思っていた。が、それは大きな勘違いだと気づくのにそう時間を要しなかった。自分が採用し育成した人が数字を挙げることができない。収入が激減していったのだ。営業所内の人間関係も最悪になった。自分の考えが伝わらない。伝えても反発が生じるだけ。「自分が世の中の人達から教えてもらった価値観を共有し残したい」そんな夢はいっきに砕かれた。いろいろと悩んだ末にある考えにたどり着いた。採用した目の前の人が数字を上げれなくなって辞めることになったら、自分も一緒に辞めよう。そう覚悟を決めた。運命共同体。自分自身を反省し覚悟を決めて目の前の課題に逃げないで真摯に向き合う。その繰り返しだった。そこから徐々に好転していった。全く数字を上げれなかった人が突然数字を上げれるようになった。周りの人達も驚くくらい。その後、成績を上げ続け米国のMDRTでスピーカー依頼される位へと成長していった。と同時にチームの雰囲気も変わった。チームワークができ切磋琢磨する環境になっていた。自分が伝えたいことを社歴の古い人が代弁してくれるようになった。「これで強いチームができた。これからだ」という時に役員から海外赴任の打診があった。かなり悩んだ。「人生の中で海外赴任できるチャンスはもうこの先ないだろう」そう思って海外(フィリピン)赴任を受け入れた。

海外赴任から本社勤務へ

フィリピンで感じたこと現地の人から教えてもらったことについては長くなるのでまた別の機会にしようと思います。1年の海外赴任を得て本社の教育部のあるリーダーに任命された。営業とマネージャーに対する教育。が、人間は本質的には変われないし変わらない。サラリーマンは肌に合わない。役職をもらっても結局同じだった。ただ、年齢は既に50代。このまま出世の道に進んでもいいが、心が、魂が「違う」って言っている。昔から自分がやってみたかったことにチャレンジしたい。そう思った。「定年退職してからでいいんじゃないの?」とか「一度支社長やってみたら?」とかいろいろと僕の事を心配してアドバイスくれる人がいた。でも、独立して起業する時期がきたと感じた。キャンピングトレーラーをけん引しながら日本一周して、またお客さまと直接関りをもってお金や人生の悩みを聴いて解決してあげたい。そう思うようになった。

長くなりましたが、日本一周してみようと思うに至った経緯です。これから先、収入はどうなるか全くわかりません。でも、夢と希望をもって、新たな人生を歩んでいこうと思います。そして、いつか、誰かに夢と希望を与えられることができたら最高です。キャンピングトレーラー自体は契約しましたがまだ届いていません。コロナの影響を受け、アメリカ→日本への船便を確保するのに苦労しているとのことで、8月以降になりそうです。日本一周始まったら各地の良いところを紹介していきたいと思います。現代版徒然草

 

 

 



作成者:

ソニー生命時代約3000世帯以上のご家庭のライフプランニングを実施。その後、営業所長、海外(フィリピン)赴任、本社教育部を経験。海外赴任時に現地の人達と触れ合う中で、お金がなくても常に幸せを感じ“今”を生きているフィリピン人と、ある程度お金があってもいつか幸せになりたいと“未来”に不安を感じ“今”を生きていない日本人の違いに衝撃を受ける。自分が自分らしく生きるために“今”何をすべきか。日本各地をキャンピングトレーラーで周りながら、お金の小学校移動教室分校の講師(NomadFP)として活躍中。

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