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ソニー生命の近藤光寿です
生命保険の営業なんて…
生時代   平成3年に大学を卒業しました。当時はまだバブル経済の絶頂期でどこにでも就職できるような時代でした。し・か・し、どこにも就職したくありませんでした。
 というのは、今となっては随分社会も変わってきましたが、その頃はまだ日本の高度成長を支えてきた人達がビジネス世界で中心的な役割を果たしており、「家庭を犠牲にして会社に身を捧げることが美徳」とされているような時代だったからです。
というものに対し高い価値観を持っていた僕は、「世の中の価値観と自分の価値観とは合わないんだ。」と悩んでおり、社会でやっていけないだろうと思っていました。ただ、大学4年のとき、学生結婚をしましたので、生活をしていかなくてはならず、渋々社会に出て行ったという感じでしょうか。
年   昭和アルミニウム株式会社  「現昭和電工株式会社」  就職
職時代
 「社宅があり初任給で生活ができること」という、今思えば不純な動機で就職活動をしていました。「学生時代、何を一番がんばりましたか?」という質問に対し「結婚を認めてもらったことです」と答えていました。殆どの会社が呆れ顔でしたが、「すごいね」と言ってくれた会社があり、それがきっかけでアルミの会社に就職をしました。
  ただ、しばらくして「アルミを売るために生まれてきたんじゃないんだ。」という疑問が常に頭の中を占領するようになってきて、葛藤を繰り返していました。でも、何をしたらいいのか解らず、会社が終わった後、税理士の資格を取ろうと専門学校に通いだしました。
  何年か経過し簿記論と財務諸表論が受かった頃、1本の電話がありその電話が僕の人生を変えました。ソニー生命からの転職のお誘いでした。
成9年  ソニー生命保険株式会社  入社
 最初は断ろうと思っておりました。生命保険の営業なんてできるはずがないし、やりたいとも思わなかったからです。ただ、会って最初に子供の話になり、「どうしてあげたいと思う?」と聞かれました。「子供って可愛いよね。その感覚がないと保険の営業はできないよ」と言われました。僕にとっては、カルチャーショックでした。ビジネスの世界で家族の話が出てくるなんて考えてもみなかったからです。
  その他に生命保険金を支払う場面も聞かされました。「残されたご家族に、なくなられた方の家族への思いを伝えるのが本当の仕事だ」と聞きました。ご契約した時が始まりであって、最後は保険金を届けて生活ができるかを見届けるのが本当の仕事だと・・。
というものに高い価値観を持っていましたので、やってみたい。
自分の人生を賭けれる!と思い、1年くらい悩んだあげく、この世界に入ってきました。そして、数多くの方とめぐり合い、いろいろなことを教えて頂き、いろいろ助けて頂き、現在に至っております。


  近藤光寿  ( Kondo  Mitsutoshi )

ソニー生命保険株式会社   新宿ライフプランナーセンター第1支社
   エグゼクティブライフプランナー
   トータルライフコンサルタント
   ファイナンシャルプランナー
   資産設計提案業務

   平成3年  慶応大学  商学部  卒業
   東京都在住

   Web・新聞・雑誌に掲載されました  



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      近藤光寿の座右の銘〜「人生思い通り」〜(200610)
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